旅に欠かせぬ哲学の小部屋「トイレット」に関するサイト

 「旅とは非日常の世界に飛び込み、日常の生活の空しさを振り返る時間。だから、哲学の小部屋で瞑想に耽ろう」などとは言うまい。しかし、この哲学の小部屋を軽視すると思いもかけない大病を抱え込むことがある。旅先ではよくありがちなことだが、トイレを我慢せざるを得ない状況が多発することと、それに備えて水を飲むのを控えると膀胱炎が発病しやすくなるそうだ。
 トイレ探しのテクニックをいくつか挙げよう。まず、駅や空港には必ずある。行けるところで済ませるが基本だから、異国の街に着いたらまずはトイレを済ませることだ。ただし、ヨーロッパの駅はたいてい有料かチップ制だ。
 次ぎに、「トイレはどこですか」という各国語の方言を覚えること。幸いなことにトイレットもしくはトワレはホテル同様に国際語と化しているので、ドコデという構文と組み合わせるだけでこと足りる。次ぎに、公共トイレを見つけること。市役所や市場には必ずある。また、観光都市ではトイレの標識や矢印をよく見かける。ヴェネチアのようにトイレの位置を記した地図を無料で配っている街もある。
 身なりが怪しくなければ大ホテルのトイレやテラス席付きのグラン・カフェのトイレを拝借するのもよいだろう。学校やファストフード店、美術館なども使いやすい。大都会なら、日本資本の免税店や土産物店、デパートに行ってみるのもよい。これらの店は、日本の団体に来てもらうためにかなりのキャパのトイレを作っている。クレジット・カード会員なら、その会員専用サロンも使える。
 トイレに関心を持つようになってから、都市ごとのトイレ情報が本になっているのが意外に多いことにも気づいた。ミュンヘンの駅のワゴンセールの中で見つけた「ヨーロッパ最初のトイレ・ガイド」という触れ込みのWC Prospektivenという本には、レストランを中心にビアホール、美術館、公園などのトイレをひとつひとつ評価していた。犬専用のトイレやルフトハンザの機内トイレ、列車のトイレまで混じっているのだが、よく読むと、トイレに名を借りて近代都市の文明批評をやってのけているのだ。画家のダリやフンデルトヴァッサーのトイレに関するウンチクが引用されていたり、シオリが便器メーカーの広告だったりと心憎いばかりだ。日本のガイドブックでトイレ・マップが付いているものは皆無に近いが、私が書かせてもらった昭文社の「個人旅行 オーストリア」には旧市街のトイレ専用マップを掲載しており、著名な世紀末の建築家アドルフ・ロース設計の公衆トイレやフンデルトヴァッサーがデザインした美術館のトイレなどが紹介されている。
 有名建築家の公衆トイレで思い出した話がある。20年ほど前、スイスのベルンの旧市街の路地裏でヨーロッパでは珍しく男子小用のみの公衆トイレを見つけた。石造りの窓からの外光の入り具合の玄妙さと便器の美しいカーブに心惹かれるものがあった。数年後にベルン出身の友人にその話をしてみると、「それは有名な建築家コルビジェが学生時代にコンクールに応募して賞を取ったものだよ」と教えられた。このほかトイレの窓枠が額縁のようにピッタリとマッターホルンを収めているツェルマットのホテル、シャガールのホンモノの絵が掛かっていたリヒテンシュタインのレストラン、オットー・ワーグナーが設計した精神病院付属教会の祭壇横のトイレなど思い出せば切りがない。
インターネットにも海外のトイレ事情を取り上げたサイトは多い。「ウタリクリエイツ筑波研究所」http://tsukuba.utari.net/ では、旅と異文化体験に魅せられた比較文化研究家が、その路上観察学的うんちくを公開している。“一番大事な旅行会話”は「トイレはどこですか?」であると主張し、29カ国のトイレ事情とトイレ探しのための会話を貴重な画像入りで紹介した「比較文化実験室」の「世界のトイレ情報」が面白い。携帯電話向け「世界のトイレ情報」オープンした。
 また、異国の裏道を歩いていると出くわす、「なんだこりゃ?」というものを紹介する「路上観察学研究室」「比較文化実験室」も楽しめる。リンクも顔ぶれがユニーク。
 「旅・放浪 次郎の哲学」http://www.gulf.or.jp/~houki/index3.htmlの「旅のトイレ(世界トイレ紀行)」http://www.gulf.or.jp/~houki/essay/zatubunn/toire/toire.html には、「小錦と飛行機のトイレ」「宇宙船のトイレ」「世界トイレ紀行」などの記事がある。
 TOILETS OF THE WORLD http://www.cromwell-intl.com/toilet/Index.html は、駅や列車、遺跡のトイレを中心に世界のユニークなトイレの写真や構造、使い方、歴史、ウンチクを紹介する英語サイト。「十字軍のトイレ」「旧約聖書時代のトイレ」「革命家のトイレ」といったコラムもある。Toiletological Linguisticsにある70カ国語の「トイレはどこにありますか?」というフレーズ集は世界一周を目指す旅行者必携だ。トイレに関する読者投稿や30余りのリンクはその内容の面白さに思わず土壺にはまってしまいそう。
☆写真は ウィーンの旧市街を囲む環状道路で見かけた誰でも自由に使える“犬の落としもの”の処理セット