九州ふっこう割を利用して嬉野温泉へ

前回の記事で紹介した「九州ふっこう割」を利用して、9月中旬には佐賀県嬉野温泉へ高速バス「」九州号」利用の2泊の旅に出かけてきた。宿泊は、嬉野バスセンターから歩いて2分の「旅館 湯宿 清流」http://www.seiryuu.jp/。ここは大正屋グループの3つのホテルのひとつで、個人客を中心とした閑静な宿だ。
 グループの他の宿の温泉も送迎付きで無料で利用できるので、豪雨の中だったが山あいにある「椎葉山荘」http://www.shiibasanso.com/の温泉も堪能することが出来た。

言うまでもなく、嬉野はお茶の産地としても有名。30年来農薬を使用せずに栽培しているという太田重喜製茶http://www.sagaryo.co.jp/にも立ち寄って、多様なお茶を味合わせてもらうと共に、嬉野の製茶の歴史を聴かせてもらった。、10月9日におこなわれる「嬉野温泉うさぎの会〜名月銘茶と生演奏の夕べ」https://www.facebook.com/events/806120009465342/へのお誘いも受けたが、今年は日程が合わず、来年以降お邪魔することにさせてもらった。この催しは、十五夜とともに一年で最も美しいと言われる十三夜の名月の下、煎茶、紅茶、すべて嬉野産の様々なお茶をそれに合わせたお菓子でじっくり賞味でき、 趣ある生演奏とともに十三夜の月を愛でる、風流なひとときが楽しめるそうだ。

嬉野温泉とは別に、数日前には東京からの来客と一緒に長崎県の北端にある松浦市 http://matsuura-guide.com/鷹島へも足を伸ばした。
鷹島は、1281年(弘安4年)7月30日の夜、総勢4千4百隻の船と14万人ともいわれる元軍の大半が鷹島周辺の海底に沈んだという史実のもと、鷹島周辺の海では1981年7月から調査が行われ、数多くの元寇遺物が発見されていることで知られている。鷹島歴史民俗資料館http://www.city-matsuura.jp/www/contents/1227840289309/では、海底から発見された貴重な遺物、その他考古学・民俗学の資料を展示していた。
 鷹島町では悲惨な戦いを二度と繰り返さぬよう、またかつては敵として戦ったモンゴルと今度は友好交流を深めようと、1993年に「鷹島モンゴル村」 http://www.mongol-mura.com/をオープンしている。今は経営主体が変わり、各施設も閉鎖が目立ったのが残念だ。