*[長崎日記] 台風の被害と庭の修復、西九州新幹線の開通

*[長崎日記] 台風の被害と庭の修復、西九州新幹線の開通

      

3メートルの高さのオリーヴの樹が台風で吹き飛ばされた

 わが家の庭は、9月5日夜に最接近の台風11号と、9月19日未明に最接近の台風14号によって大きな被害にあった。
   温暖化のせいか年々、台風の威力は増す一方なので、今年の夏は、大型台風接近時に雨戸のない3つの大窓にプラスティック段ボール(プラ段)を耐水性の強力粘着テープでアルミサッシに貼り付ける防御策を準備しておいた。

   台風接近時には、小学校時代の友人たちが駆けつけてくれて、1人ではできないプラ段張りをはしごに乗って手際よく処理してくれた。今年が初めての作業なので、取り敢えず上部の15cmほどの隙間はプラ段を張らず、養生テープを貼ってしのぐことにした。ほかの小窓は、養生テープをユニオンジャック型に貼って済ませた。
   また、テラスから室内に入るところにある内開きの玄関扉の前には土嚢と水嚢を並べて雨の吹き込みを防いだ。


   台風11号は、五島列島の西200kmほどを950hPa.で通過し、済州島方面にそれることになったが、長崎市内も暴風域の中に入ったため、西側に面したわが家の庭は吹き返しの風に見舞われ、3メートル前後に育っていた3本のオリーヴの樹が根をむき出しにして倒された。このときは、建物そのものには被害はなく、テラスの梁に付いていた扉の止め金具がひとつ飛ばされた程度だった。
   3本のオリーヴの樹は、植木屋さんに頼んで3日後に、ロープと滑車を使い立て直してもらい、太い支柱で補強してくれた。根が一部切断していたので、再生できるかどうかは半々とのことだった。

   後で気づいたのだが、電力会社の電柱に宿借りしていたNTTの6メートルほどの長さの避雷針コードが焼け焦げて数カ所切断していた。1週間後にNTTが修理に来たが、はっきりした原因はわからず、NTTの通信線のどこかで落雷か何かの理由で過剰な電流が流れ焼け焦げたのだろうとのこと。避雷針コードを付け替えて帰って行った。

 19日未明に最接近の台風14号は、当初の気象庁の予報では東シナ海から長崎市を直撃するコースが予測されていたが、結果的には、鹿児島に上陸し有明海を通って、福岡県柳川市付近に再上陸するコースとなった。 長崎市に最接近時は950hPa.ほどで11号と同程度だったが、こちらの吹き返しの方が強烈で、西側(港側)に面した庭は甚大な被害を被った。

   19日午前中、未だ強い吹き返しが吹く中を庭を見回ったら、一番実が付き葉が茂っていた3メートルのオリーヴの樹3本が吹き飛ばされ、1本が大きく傾き、1本の太い枝が吹き飛んでいた、そのうち2本は文字通り根こそぎ数メートル吹き飛ばされひっくり返っていた。
    元々根が浅い3メートルの高さのミモザもなぎ倒され、再起不能の状態となっていた。毎年、3月に友人知人にプレゼントしていた鮮やかな黄色い花も、来年からは配って回ることが出来ない。

   さらに、港側の庭を横切るように40メートルほどの電線が何カ所かで切れて垂れ下がっていた。また、台風11号で焼け焦げて一部切断していたNTTの6メートルほどの長さの避雷針コードが、前回よりひどく焼け焦げて切れ切れになっていた。
    電力会社とNTTに連絡すると、電力会社は2時頃には駆けつけ、応急処置として電線を巻き取って電柱の下部に結びつけていった。電力会社の話しでは電流の流れる電線ではなく、離れたところにある電線を持ち上げるための支持線とのことだった。

   NTT避雷針コードの方は翌日、「火花が枯れ木などに燃え移ると危険なので早く処置を」と催促したら、午後に来訪。避雷針コードを完全に撤去して帰った。原因不明の過剰な電流が発生しているはずなのに大丈夫なのかなと、かえって心配になった。

   吹き返しが少しおさまった19日の午後に、家の前の小道などに出て点検すると、路上や敷地内にスレート(粘板岩を薄い板状に加工した屋根材)の大小の破片や熨斗(のし)と呼ばれる板金のカバーが飛んできていた。バイクなどの通行の邪魔になるので路上のものは敷地内に仮置きしていた。友人に相談すると「産業廃棄物扱いになるので一般ゴミとしては廃棄できないはず」と言うので、市役所の廃棄物対策課に相談したところ、翌日回収に来てくれて、飛来物処理についていろいろとアドバイスもしてくれた。

 倒れたオリーヴをよく見ると、30cm×20cmほどの大きなスレートも下敷きになっていた。どうやら、オリーヴがわが家の建物に飛んでくるスレートも避けてくれていたようだ。
   また、3つの大窓に張っていたプラスティック段ボールを点検してみると1箇所、ものがぶつかった窪みと小さな穴があった。窓の下を見てみるとスレート片が落ちていた。おそらく、このスレート片をプラ段が跳ね返してくれていたのだろう。プラ段でガードしていなかったとしたら、少なくとも窓にヒビが入っていたはずだ。
 アルミニウムメッキ鋼板のサイディング(外壁)にも2カ所ほど窪みがあった。付近に小石などは見つからなかったが、何かがあたり弾き飛ばしていたものと思われる。

   この日の午後は、台風一過の恒例で、建物の外壁に張り付いた枯れ葉などと、海から吹き上げた塩分をホースで雨水タンクの水を使い洗い落とした。吹き返しが弱くなった後も時折横殴りの雨が降っていたので、塩害はそれほどでもなかったようだ。

   大窓に張っていたプラスティック段ボールの撤去は小学校の同級生たちに再度手伝ってもらい翌20日の午後に作業をおこなった。台風11号のときは、1人で撤去したが、友人たちが「危険だから1人ではやるな」と言ってくれたので、お言葉に甘えた。たしかに、はしごを延ばしての作業は高齢者1人では危なっかしかった。
   今後のことを考えれば、毎年友人たちの助けに頼るわけにはいかない。お互いに後期高齢者になるのもそう遠くはないことだし。そこで、シャッターを取り付けるなどの対策工事を早急に検討しなければならない。設計者の意図した建物の美観を損なうことになるので、悩ましいところだ。

    

大窓に張ったプラスティック段ボール

   オリーヴなど立木の処理は、出入りの植木屋さんに出動を要請しておいた。被災した庭が多かったようで、わが家の庭に来てくれるまで時間がかかりそうなニュアンスだったが、22日と23日の2日がかりで作業をおこなってもらうことができた。

 北側の被害に遭ったオリーヴ5本のうち、完全に吹き飛んで根から反転していた2本は諦めることになり、倒れたミモザと一緒に電動ノコギリで裁断してもらい、友人の家の薪ストーブの燃料となることになった。
   飛ばされた残りの2本と、傾いていた3本は木を起こし、“丸太3本支柱”など、強風対策の手法で、支柱を組み直してもらった。植木屋さんの話では4本のうち、2本は生存確率50%だそうだ。
 現在、北側の庭には、ほとんど被害に遭わなかった2本と、なんとか残った4本の計6本が並んでいる。
   南側の庭の4~5メートルの高さのオリーヴ6本は、この夏天敵のゾウムシの被害に遭い、実のほとんどと葉の多くを落としていたせいもあって、風圧を受けず、樹齢も10年で根が深く張っていたので台風に持ちこたえていた。来年にかけて樹勢が回復できれば、南北合わせて12本のオリーヴ並木が揃うことになるはずだが.......。

    西側(港側)の庭に比べ東側の裏庭には、台風の被害はほとんどなかった。猛暑の影響も有り台風のせいばかりとは言えないが、葉が出始めていた二十日大根が吹き飛んでいたぐらいだ。

   台風11号通過後の9月8日には、裏庭の更地南側3メートル強の長さの2本の畝には21個のデジマ種のジャガイモの種芋を植え付け、2メートル四方のハーブガーデンにも、13個の種芋を植え付けた。
   14日には、ハーブガーデンの畝の残りにニシユタカというデジマ種の改良種の種芋を4個植え付けた。デジマ種やメイクイーン種の種芋が手に入らなかったからだが、ニシユタカはデジマより収穫量が多く見込めるという。
    21日にも、裏庭北側の二十日大根を収穫済みの畝にニシユタカを9個植え付けた。今日、現在、遅れた14日の植え付け以外からは順調に芽が出てきている。収獲は、植え付けから約90日後の12月8日以降ということになる。

 前回、「例年の3倍ほどの収獲を目指す」と豪語したが、台風のお陰もあって港側の畝が耕作不可能になったので、せいぜい2倍で100kg前後の収穫見込みとなりそうだ。

   ジャガイモ以外では、9日に、イタリアンパセリと二十日大根、レタス・サラダミックスを、裏庭の春にジャガイモを収穫した畝2本に種蒔きしたが。順調に芽が出たのはイタリアンパセリのみで、レタス・サラダミックスは10%ほどしか発芽しなかった。

   現在収穫が続いているのは、バジル、イタリアンパセリ、シークァーサー、人参ぐらいのものだ。

    花では、9月14日に日々草4苗、ナデシコ3苗を港側の公道に面した花壇に植えたが、台風14号でほとんどが吹き飛んでしまった。
 8月中旬に南側の門前に植えたハイビスカス、観賞用唐辛子、コリウスは風にも負けず元気に育っている。

    

台風にも耐えた門前のハイビスカスとコリウスなど

   今年初めに植えた、枝垂れ桜と枝垂れ梅は、一時期不調だったが、植木屋さんに枝を支柱でつるように教えられ、今は順調に成長しており、来年は小ぶりながらも開花するものと期待している。

 例年、タチアオイは秋に種が飛び、本体は枯れていくはずだが、今年は昨年に続き、低い茎葉が30箇所ほどに残っている。春になって芽を出すものもあるはずなので、来年の初夏には赤紫の見事な花が賑わうことだろう。

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   前回も書いたように、九州新幹線長崎ルート(博多-長崎、約143km)の西九州新幹線https://www.jrkyushu.co.jp/train/nishikyushu/と呼ばれる長崎駅武雄温泉駅の約66kmの区間が、9月23日に開業した。
   開業を祝って、当日午後1時半から20分ほど、航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」6機編隊が福岡県の空自築城基地から飛んできて、展示飛行をおこなう予定となっていた。わが家の前の鍋冠山展望台に向かう遊歩道には見物客が鈴生りとなり、立ち入り禁止の札が立っている敷地内の路肩の上にまで人が並んでいた。しかし、あいにくの雨で華やかな展示飛行は中止となり、ただ、何回か編隊飛行を繰り返すだけだった。しかし、悪天候にもかかわらずわざわざ顔見せに来てくれたので、見物客から不満の声は聞こえなかった。

   実は、快晴だった前日の同時刻にリハーサル飛行が有り、このときも多くの見物客がわが家の周りに集まっていた。女神大橋から長崎駅上空を抜ける編隊飛行の何種類かのターンのほか、桜の花びらやハート型を描いていった。何回かは、わが家の上の領空侵犯もあった。一番低い飛行高度で500メートルということだったので、高度86メートルのわが家周辺は絶好の観覧席となった。写真は、そのリハーサル時のもので、本番なら桜の花びらにも色がついたそうだ。

   思い返せば、ブルーインパルスを見たのは58年ぶりだ。1964年の東京オリンピック開会式で、当時住んでいた麻布笄町(今の西麻布)で、神宮外苑の国立競技場上空に見事な五輪マークを描くのを目撃した。後で聞いたことだが、五輪マークを描く飛行は、予行演習では一度も成功せず、本番で初めて成功したそうだ。

       

ブルーインパルス6機の編隊飛行

青空に桜の花びらを描く

    

  さて、その西九州新幹線だが、台風の後処理が一段落した開業3日目の9月25日(日曜)に乗車した。生まれ故郷唐津への3泊4日の旅行に「おためし!かもめネット早特7」(片道3,200円)という割引を利用して博多まで行き、そこで地下鉄+JR(1,060円)に乗り換えて唐津まで往復してきた。
   往路は、かもめ24号で定刻11:45に長崎駅発、12:13分に武雄温泉に到着し、乗り換え時間3分で対面ホームに待っていたリレーかもめ特急24号に乗り換え、13:14に博多駅に着いた。ここまで、所要1時間29分だ。新幹線の感想は、66 kmの区間の内、60%以上がトンネル区間で、高速地下鉄といった印象だった。
   博多からホテルの送迎がある東唐津駅へは、福岡市地下鉄をJR筑肥線に乗り継いで所要1時間17分だ。 

  

西九州新幹線「かもめ号」

   唐津では、子供の頃から縁のあった唐津シーサイドホテルhttps://www.seaside.karatsu.saga.jp/に滞在。
   縁というのは、戦後米軍がシーサイドホテルを接収して、海軍の保養所としていた頃、母が通訳兼秘書として昭和31年頃まで勤めており、よく遊びに行っていたからだ。その頃のシーサイドホテルと近くの景勝地虹ノ松原で撮った写真が50枚ほど残っている。当時、ホテル前の海岸から200メートル沖合までは「日本人遊泳禁止」であったことは最近、唐津近代図書館https://www.city.karatsu.lg.jp/kyoiku/toshokan/で新聞を閲覧していて知った。

 もうひとつの縁は、2000年12月にホテル滞在中、夕食後に酔ってエレヴェーターに乗ったところ、白髪の小柄な白人が先客として乗っていて同じフロアーに降りたことがあった。部屋に入って思い出したのは、映画「グラン・ブルー」のモデルとしても有名な潜水家であり思想家である故ジャック・マイヨール氏その人であったことだ。なぜ、マイヨール氏がここにと思ったが、翌朝ロビーで見かけ、話しかけると1927年に上海のフランス人租界で生まれ、幼少時代に毎年のように唐津で夏休みを過ごし、最初に素潜りをしたのも、イルカと泳いだのも唐津でのことだったということを気さくに話してくださり、ホテルのロビーで販売していた同氏著の「海の記憶を求めて」に素潜りのイラストまで描いてサインして下さった。
 戦前は、マイヨール氏一家ばかりではなく多くの欧米人が上海から唐津を中心に雲仙など北部九州のリゾート地にヴァカンスに訪れていたという。
 後日、1939年版のトーマス・クック大陸時刻表復刻版で博多と上海を結ぶ航路があったに違いないと調べてみたが、見つからなかった。念のために、唐津で調べると、驚いたことにこれがあったのだ。Japan-Bombay Lineという横浜から上海経由でボンベイへ向かう航路の途中寄港地としてKaratsuの名が記されていた。

 

   今回のホテル滞在中は、ひたすらホテルの温泉でノンビリしようと思っていた。初日には、8階にあるルーフトップサーマルバスで誰も居ないことを良いことに、虹ノ松原玄界灘を眺めながらぬるめのお湯の中を夕風に吹かれながら泳いで何往復もした。
 翌日は、レンタサイクルで街中を散策と思って出かけようとしたが、天気予報が外れ雨に降られ中断。そう言えば、2年前にもサイクリング中にずぶ濡れになって、すぐに温泉につかってことなきを得た。しかし、今回は、風邪を引いてしまったようで発熱し寝込んでしまい、夕食もルームサービスにしてもらった。ひょっとしたら前日の、夕風に当たりながらのぬるま湯の遊泳もいけなかったのかも知れない。
   しかし、よく眠れたお陰か翌朝には快復。唐津城http://www.karatsu-bunka.or.jp/shiro.htmlなどへの観光に出かけた。

           

 虹ノ松原を眼下に眺めるルーフトップサーマルバス

   日頃の行いのせいか、唐津からの帰路は散々だった。博多13:54発のリレーかもめ33号に乗って、新幹線への乗換駅である武雄温泉駅の1つ手前の江北駅(旧肥前山口駅)に14:43に到着したところで、「安全確認のため点検が終わるまで停車します」とのアナウンスがあった。いつまでも動かないのでスマホで調べると、「午後3時34分という時刻指定の爆破予告メールが沿線の各自治体に入った」とのことだった。結局、爆破予告時刻を過ぎた後の15:59になってリレーかもめが動き出し。16:09に武雄温泉駅に到着。新幹線かもめ33号に乗り換え、16:16に同駅発。爆破予告直後ということで、徐行運転となり、通常より4分遅い32分をかけて、長崎駅には16:48の到着となり、予定より1時間24分の遅れとなった。

 

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■今日のブックマーク&記事■

□FlyTeam 09/07記事  “ITAエアウェイズ、11/5から羽田/ローマ線 運航へ”
https://flyteam.jp/news/article/137577
  エアバスA350-900型機使用。現在、A350を5機を保有

  ■ITAエアウェイズ 羽田/ローマ線スケジュール
  AZ793便 羽田 13:35 / ローマ 20:30 (水・金・日)
  AZ792便 ローマ 15:40 / 羽田 11:35 (翌日) (火・木・土)

飛行時間は、ローマ発が11時間55分、羽田発が14時間55分を予定。北回り・南回りを利用し、ロシア上空を迂回して運航。

□DenshaDex 9月07日記事「オーストリア連邦鉄道、新型「ナイトジェット」の車内を公開!2023年夏デビュー予定」
  https://denshadex.com/2022/09/07/20453/

□DenshaDex 4月15日記事
オーストリア連邦鉄道、「ナイトジェット」の新型寝台客車が2023年春から運行開始!
   https://denshadex.com/2022/04/15/obb-nightjet-siemens/

 DenshaDex https://denshadex.com/ は、シアトルを拠点として、アメリカを中心とした鉄道、航空、バスなどの公共交通、都市開発の情報を発信中。